2023年07月02日

【重要】9月から、月曜日と火曜日を定休日にし、完全週休二日制になります。

街中でマスクをして無い方々も多く見る様になり、やっとあの頃の日常が戻って来るのか?期待しております。

タイトル通り、マノワは9月から完全週休二日制に致します。よって、月曜日と火曜日を定休日と致します。

今回のコロナがあろうが無かろうが、僕ら飲食業界全体が、誰もがブラック企業だと思っているのに、それを直視する事が出来ず、続いていた僕ら業界が変わらなければ未来は無いと思います。

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"働き方改革"

最近明らかに飲食で働く若い人達、料理人やサービスが減っているのを感じます。また、僕ら業界のお店が、ここ数年たくさん閉店して行っている事実を他人事ではなく感じております。

僕がずっと働いているから、贔屓している訳では無いのですが、僕ら業界の方々は、純粋な気持ちで生きている人が多い様に思います。

「美味しい料理やワインで、多くの人を感動させたい、楽しい空間を過ごして貰いたい!」

そう思って、何年も修業をし、僕も12年前に経営者になりました。

しかし、その想いとは逆に、頑張れば頑張るほど、ブラックと呼ばれたり、また常に新しいものを求められ、ネット社会で評価にさらされるなど、様々なストレスが多く、疲弊していくレストラン経営者が多いのも事実です。何か根本的な変革をしていかないと、僕ら飲食業界自体が絶滅危惧種になるのもそう遠くないと考えております。

僕たちの世界の未来ってどうなるんだろう?って、毎日考えます。

僕たちの世代が働き始めた20数年前は良くも悪くも、過労死なんて言葉も知らず、大きな話題にもならずの時代でした(笑)

労働時間は今は想像もつかないようなほどだったし、暴力も日常茶飯事だったし、休みも給料も今と比べるとすこぶる少なかったもんです。

それが良いとは思いませんが、僕自身は、それがあったから、今があるんだといつも思います。ただ、同じ事をマノワのスタッフに望んでいるか?と言えば、、、、、、

全く望んでおりません。

良くブログにも書きますが、僕は貯金も無く、親が援助してくれる様な、恵まれた家庭環境でも無い状態で、この業界を25年間生きて来ましたが、20歳の頃、何の根拠も無く、、、、、、

「30歳で自分のお店を東京で持つ!」

ただ、それだけの目標に向かって突き進んで今があります。

しかしながら、東京でフランス料理店をオープンするには現実問題、他の飲食店と比べ、多くのスタッフ、高価な厨房設備や、何よりオシャレな内装費、、、、、、

たくさんの資金が必要です。僕は自分の未来の為に、働いたお金は全て、数少ない休みの日に行く、ワインと飲食代金で全て使って貯金なんて20代は出来ませんでした。

そこからは、多くの方々がご存知と思いますが、多くの方々の支えとご協力のもと、12年前にこのレストランマノワをオープン出来ました。

そもそものお話し、、、、

言葉は悪いですが、普通に働いて週休2日以上の休みで、その休みに心の贅沢を求めて、多くのお客様がフランス料理を食べに来ます。そのお客様を接客する僕ら業界の人間は、休みも無ければ、低賃金で働いて来ました。

僕ら世代はそれが修行だと思い、たくさんの事を犠牲にして、未来目指して、今がありますが、現在ではこの修行と言う言葉は死語になると最近では考える様になりました。


海外から日本を見ると良く分かるのですが、先進国の中でレストランの価格が日本ほど、クオリティが高いのにリーズナブルな国は無いと思います。事実、だからこそ、多くの海外の方々が日本に来日される事も多くの理由だと思います。また、昨今の円安でさらに拍車がかかると思います。

しかしながら、そのお客様の、レストランに対する高揚感や満足感は、、、、

一重に僕ら業界で働く人間達が、多くを犠牲にして来たからに他なりません。

これからは、若者達にしっかりと現実を教えて、お店が潰れない様、しっかりと経営して行く事が1番大切だと僕は考えております。

有り難い事にマノワには、長い時間僕と一緒に働いてくれているスタッフがいます。

彼ら彼女らに、僕が何が出来るのか?

そんなシンプルなもんです。

そこでマノワは先ず、、、、

スタッフ全ての給与を2万円以上ベースアップしました。

でも、日本って言う国は矛盾が多すぎます。

日本政府は海外から観光客を受け入れようと政策をしますが、その中で受け皿となるサービス産業の人口は、少子化で激減していきます。

手仕事の僕達は、人海戦術で動かなければいけないので、、、、

「処理すべき仕事量=一人が処理できる仕事×人数×時間」という公式になります。

人口は減る一方、さらに時間を減らさないといけないというのが現状だと思います。そうなると、当然一人当たりの処理能力を上げる必要があると思います。

よく言われる効率化や生産性向上という点です。

しかしながら、ご来店いただいたお客様により気持ちの篭った料理を出したいっていう、純粋な気持ちの元、冷凍食品や出来合いの料理をお客様に提供するのでは無く、全て食材の本質から手仕事にこだわる僕らフランス料理業界には、とても難しい点がここにあります。

飲食業は他の業界に比べて圧倒的に余裕がないのです。そこをつくらなければ、労働環境を改善することは難しいです。

正直、今の制度の中でのカードはすべて出し切った感があります。

あとは、AIロボットを投入して、人が働かない部分を作る方法ですが、それをするにもまだ時間がかかりますし、そもそも、僕らフランス料理業界にはそれは当てはまらないと思いますし、僕が経営する、レストラン マノワではあり得ません!

日本のデフレが止まらないのは、消費者からの、厳しい目と、費用対効果を高過ぎるぐらいに求め、実際の運営費やコストは度外視して、簡単に言えば、、、

「商品相場を開発、製造側が決めれず、日本の消費者の相場感が先に来る」


税金のように法律でラーメン一杯が最低2,000円以上と決めれば、店側は味のクオリティを更に求めやすくなるのですが、日本の場合、安くて美味しいが既に当たり前になっていると思いませんか?

また、他国の様に、街によってレストランの数に制限を設けるって言うのもありますが、日本では中々現実的では無いと思います。

先進国なら、、、、

「美味いモノを食べたいなら、値段が高いのは当然」という思考があります。この段階で差があります。

先進国の日本以外の国の場合は、労働者や職人に対してリスペクトがあると、僕もフランスで働いていた経験上感じてましたが、日本の場合は、商品に対して、支払い額が低いわりに、店側に対しての要求が高過ぎる現状を、もう何年も前から、僕は、感じております。

働き方改革が始まり、労働時間に制約があるのに、しかも、人材不足が加速する、今現在の日本は、消費者の要求が金額以上に高過ぎるって言う現状が、どうなのか?って思っているフランス料理店の仲間たちは少なくないと思いますし、少なくとも僕はそう考えております。

だからと言って、働き方改革と言う大義名分をかざして、冷凍食品を使う様なレストランをやって行こうとは1ミリも思っておりません。


まずは昔からの当たり前をもう一度見直して、改善するべきことは改善して、働きやすくて魅力ある仕事にしたいと思います。

僕は常にスタッフには言ってますが、、、、、、、

【ご来店頂いたお客様に、もう1度マノワに来たい!】

って言う空気感を今以上に作って行きたいと思いますし、それが出来なきゃ、マノワは数年以内に無くなるっていう危機感を持っています。

先の話し、高い頂きの先を目指す、僕らフランス料理業界は、これから先も、人の力なくしては仕事ができ無いと思います。

そう考えると、僕がつまんない人間になるのは論外で、良いスタッフがお店の価値観を継続して作り上げていくのはの必然であり、フランス料理店って言う名を背負って未来にもフランス料理業界が続く様に、、、、

【人を大切にする経営をしなければいけない】


【人を大切にする産業ににしなければいけない】

そして、少なくとも、、、、、

【今日もご来店くださる多くの常連様と共に生きて行きたい】

そう思うのです。

そして、僕ら世代が、出来るだけ良い形に正して、次の時代の人に受け渡したいと心から思います。

先ずは今、全てのお店がスタートに立つ必要があると思います。そして、そこから各店の個性と変化が求められていると思います。その方法はそのお店それぞれだと思います。

僕ら飲食業界で働くスタッフは奴隷では無く、せめて一般の方々と同じ水準は保証しなくてはならない、それが出来無いのであれば、経営者失格だと当たり前ながら思うんです。

そして、夢の持てる業界にならなくてはならないと思いますし、そうでなければ淘汰されるべき時代なんだと思います。

未来にも若者たちがこの飲食業界を率先して選択出来る様な、世界を作って行かなくてはならないと、僕ら世代の仲間たちはこのコロナを乗り越え、そう思うのです。

このコロナと共に生きていく世界で、客席数を減らし、収益を上げて行く!そして、スタッフの生活水準を上げて行く?矛盾とも取れるこの状況を僕ら世代が変えて行かなくてはなりません。

全ては、食べる事は文化であり、続かなくては文化にならないと言う事を、フランスで働いて、日本で多くの方々から学んだからに他なりません。

温故知新は大切ですが、悪しき過去から脱却する事が、僕ら飲食業界は今求められていると思います。

日本人誰もが思っているけど、口に出来ない、飲食業界全体がブラック企業である事をこのタイミングで変えて行かなくてはならないと考えております。

これからも僕が僕である限り、何が起きても、芯はブレずに真っ直ぐに進んで生きたいって思うんです。

この長文をお読み頂きありがとうございます。

今後とも東京・広尾のレストランマノワ、北海道森町のマノワラボをよろしくお願い申し上げます。


posted by マノワ at 14:25| 僕の生き方のお話し! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年05月18日

ビリミリオン!北海道森町に900本のピノノワールとシャルドネを植えて来ました。

優里さんが歌うビリミリオンって言う曲をご存知でしょうか?この曲を鉄拳のパラパラ漫画と共に聴いた時すこぶる感動したのを覚えております。

マノワにも今年4人の新人が入って来ましたが、僕ら業界は特に20歳から30歳迄の10年間を誰と出会い、どの様に生きて行くかで、その後の人生が大きく変わると、僕の経験上思います。

今日ブログに書く、北海道でのワイン事業もですが、僕がやっている事はもうとっくの昔に、僕1人で出来る事の枠を超え、多くの方々の力や支えがあってこそ成り立ち、この取り組みが未来多くの方々の幸せに繋がると確信しております。

まさに、ビリミリオンにもある様に、20歳から30歳迄の10年間は、50億円でも100億円でも買えない価値があると思います。

優里さんのビリミリオンのYouTubeはこちらからどーぞ!

 https://www.youtube.com/watch?v=vUsikBoa8i0



老人が君に言いました
『残りの寿命を買わせてよ
50年を 50億で買おう』
人生をやり直したいと

ただ起きて食って働いて
寝て起きて働く毎日だ
それなのに手放したくない
理由を考えてみたよ

身体も痛くなるだろうし
友達もいなくなるんだろうな
恋愛もできなくなるよな
その値段じゃ売れないな

僕が生きてるこの時間は
50 億以上の価値があるでしょう
生きているだけでまるもうけ
これ以上何が欲しいというの

老人が君に言いました
『それなら倍の 100 億出そう
奥さん、子供もつけるから』
『豪邸も仕事もつけるからさ』

50年が 100億ならば
年収 2億の大富豪だ
でも好きな人は自分でさ
見つけたいからいらないよ

僕が生きてるこの時間は
100 億以上の価値があるでしょう
生きているだけでまるもうけ
何にでもなれる今がいいの

どんな夢を描いてもいい
どんな恋をしたっていい
無限大の可能性は
誰にも譲れない

何十回立ち止まっても
それでも僕を諦めない
僕が生きる理由は
僕が決めるから

僕らが生きる時間は
決して安いものじゃないから
後悔しない選択を選んで欲しいの

頑張ろう 頑張ろう 頑張れ
頑張ろう 頑張ろう 頑張れ

頑張ろう 頑張ろう 頑張れ
頑張ろう 頑張ろう 頑張れ




先週の月曜日、火曜日、水曜日お店を休みにして、スタッフ連れて、北海道森町の5ヘクタールの畑にピノノワール300本、シャルドネ600本を植えて来ました。


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北海道の大自然の中でもマスクを外さ無い、マノワの真樹が、畑の起点となる杭を打ち込んで全ては始まります。

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ワイン事業は函館でワインを作られている、K師匠の指導の元行われます。K師匠は測量士でもあり、マノワの畑の測量も全て行って貰いました。

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 そうそう、ご近所のMさんから、東京から女性達が来るとの事で、急遽簡易トイレをお借りしました(笑)

1日目はキタキツネが見守る中、北海道森町にて、300本のピノノワールを植樹致しまた。

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葡萄の植樹って何すんの?

ってお思いの方々もいらっしゃると思いますので、簡単にご紹介します。このブログ見たら、来年は手伝ってください(笑)

@先ずドヤ顔しているけーすけがこの、エンジン着いたでっかいドリルで900個地面に穴を空けます。

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A穴の中に大量の水と肥料を入れて、その上から苗木を入れて土を被せます。

今回の森町の畑は風が強いのと、雪が冬に積もる為、畑の斜面に対して、斜めに葡萄を植えて行きます。シャブリの様に片側に枝を伸ばして行く方法です。

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 この下の写真は、先日お伺いさせて頂いた、函館のグランポレールさんの畑の写真ですが、未来こんな感じになる予定です(両側に枝を伸ばして行くと雪の重みで葡萄の樹が折れてしまう事がある為です。)

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Bその後苗木の補助木を指し、苗木と固定して、小動物などから守るカバーをかけます。

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Cこの写真で1列100本のピノノワールの列が完成します。

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この下の写真は、去年多くの方々に植樹を手伝って貰った函館の苗木の写真です。

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 葡萄は植えてから3年は実を付けないので、それまでは3日に1回の水やりと雑草抜きに追われる毎日です。

2日目と3日目でシャルドネ600本植えます。

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全て終わった後に、スタッフと北海道森町の畑にて

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1日目は想像以上に北海道は寒く、飛行機から降りた時にあまりの薄着に【俺やっちゃったな?】って思いました。

2日目は、急風注意報が出ていたので、朝から風が強く、畑の砂煙が舞い上がり、お手伝い頂いた方々も非常に大変だったと思います。また、最後には急に雷がなって大雨が降り出し、スタッフ全員パンツまで濡れて撤退を余儀無くされ、、、、

そのおかげで、3日目も早朝から畑作業をし、全ての苗木を確認して、その後、K師匠の函館の畑のお手伝いをして来ました。

と言う事で、今なおスタッフ絶賛日焼けと全身筋肉痛です。

この北海道ワイン事業が未来多くの方々にとって幸せな未来になると確信しております。

ブルゴーニュやシャンパーニュに行って感動したあの光景は、歴史上多くの方々の苦労の上に成り立ち、繋がってワイン文化になるんだと身を持って経験しました。

下の写真は、今より20キロは痩せてた頃、ロマネコンティで撮った写真とブルゴーニュの畑です。

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今回お手伝い頂きました、お客様の皆様、北海道森町の皆々様、函館の皆様、余市の皆様ありがとうございました。

今後とも末永くよろしくお願い申し上げます。


そして2日目の夜、いつもお世話になっている北海道森町のM師匠のお住まいで最高の贅沢をさせて頂きました。

森町の蝦夷鹿のすき焼きと函館のモンティーユさんのピノノワールのワインが最高に美味かったです。

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こう言うのが最高の贅沢なんだと最近良く思います。

森町の皆々様ありがとうございました♪

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僕にとって最強の北海道の2人の師匠、、、

ワインのK師匠とジビエのM師匠!

 お二人とも70代なのですが、お二人の財産でもある知識を僕ら若者達に惜しげも無く教えてくださる事!

 これこそが、50億円でも100億円買えない価値がそこにはあると思います。

 僕は今年45歳になります。30年後70代になった時に僕も2人の師匠の様に未来ある若者達を育て続ける事が出来るのか?常に自問自答しております。

 ワインは農作物で、1年に1回しか当たり前ながら作る事は出来ません。そう考えると、どれだけ人生かけて頑張ってもあと40回位しか作る事は出来ません。

 僕は常に食べる事や飲む事は文化だと言い続けておりますが、未来に繋がらないと文化にはなりません。

 このワイン事業もいつか未来から今日を見た時に、今日こそが北海道森町のワインの歴史の文化の始まりだと誰もが思える様な取り組みを今後も続けて参ります。

 そもそも、北海道森町で何故?ワイン作りを始めようしたかと言うと、もちろん、ジビエの解体場を森町につくり、優秀なスタッフが揃っていることはもちろんですが、、、、、

 解体場が出来る前に、森町の議員さんと森町の公民館に森町の歴史を勉強に行きました。

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 そーすると、森町ではその昔ワインを作っていた歴史があったんです。しかしながら、現在のブルゴーニュの様に遅い霜の影響もあり、葡萄の収量が採れず撤退し、その後今日までワイン農家は1軒もいないんです。

 既に土壌調査を行いましたが、森町の土壌は、近くに駒ヶ岳があり火山灰土壌で水捌けが良く、非常にワイン作りには向いております。あとは、温暖化の影響で、どれだけの積算温度になるか?が重要になります。

 なので温暖化の影響は必ずしも悪い事ばかりでは無く、事実北海道で米農家も多くなり、日本酒の酒蔵も多くなっている事も事実です。

 ワインを作りたい若者達は僕の周りに多くいますが、中々ワインを自分で畑を持って作る事は難しい現状が今現在あります。

 4月から農地法が大きく変わり、この改正が非常に僕らには追い風で、未来若者達が、北海道森町でワインを作る事が出来る流れを作って行きたいと考えております。

 そうする事によって、森町の人口流出に歯止めがかかり、また、世界中に北海道森町の魅力を発信する大きなチャンスになり、1次産業を守る事にも繋がると僕は考えております。

 その方法は今度ゆっくり新聞社にでもお話しします。

 おそらく僕にしか出来ない取り組みだと思います。

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そうそう、今回の3日間の間に、北海道新聞と函館新聞の2者の取材を受けさせて頂きました。早速記事になってましたので、最後にご紹介致します。

北海道新聞

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函館新聞

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北海道森町の皆々様今後とも末永くよろしくお願い申し上げます。

未来は突然やって来るもんじゃ無く、今日を必死に生きているから未来があるんだと多くの方々から学んで来ました。

とくに僕ら業界は20歳からの10年間が非常に辛く、逃げ出したい位の毎日が続きます。しかしながら、覚悟を持って本気で生きたその10年は、100億円以上の価値ある未来に繋がっていると僕は思うんです。

終わり!
#マノワ #マノワラボ #中村豪志 #北海道森町 #ジビエ #蝦夷鹿 #すき焼き #蝦夷鹿のすき焼き #最高の贅沢
posted by マノワ at 15:10| 僕の生き方のお話し! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年11月15日

桃栗三年柿八年、達磨は九年で俺は一生!マノワは今日、11周年を迎えました。

桃栗三年柿八年


このことわざは、果樹を植えたら、食べられる実がなるまでに相応の歳月を待たねばならないことから、、、、

何事も成就するまでに、それ相応の年月がかかるということをあらわしています。

ほかにも努力することの大切さを表した、勤勉に働いた人は三年で一人前、少しだけ努力した人は八年で一人前、普通の人は九年で一人前、努力しない人は十八年かかっても一人前になれないという意味もあるそうです。

すぐに結果を求めたがる人に対して、まずは地道な努力が大切であると言い聞かせる場合などに使われます。

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ご報告が遅れてしまいましたが、、、、、

2022年11月15日でレストランマノワは11周年を迎えました。

毎年恒例ですが、RさんとNさんにお送り頂くマグナムのシャンパーニュで、営業後にみんなで乾杯させて頂きました。

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また、でっかい花束達やスコッチウイスキー、山形県の洋梨だったり、日本各地からのお祝い菓子や、数え切れない程のお祝いメールなど、、、

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Yさん、たいとの感謝の念を込めて1枚撮ってみました。

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改めてたくさんの方々の温かいご支援に支えられて、今日がある事に感謝致します。

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桃や栗や柿が実る様に、11年間でマノワでは何が実になりこれからどこに向かって行くのか?を日々自問自答しております。

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北海道森町に多くの方々のご協力の元、ジビエの解体場、食肉製品製造所、製菓製造場を今年から本格的に稼働させ、本来捨てられていたジビエや野菜などを持続的に循環する世界を今年実現しました。

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常に言っておりますが、飲食業界に限った事ではありませんが、これから企業が存続して行くには、自分達だけの利益を考えるので無く、多くの視点から見て、行動して行かないと続けて行く事は不可能な時代に入っていると僕は考えております。

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誰もが平等に時間があった、このコロナの3年間でどう考え、行動して来たかが問われる時代に入ったと考えております。

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現在マノワでは、ふるさと納税事業も全国8ヵ所と協業しており、今後もさらに多くの方々がマノワを通して幸せになれる世界を作って参ります。

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また、北海道森町にて、障害者雇用始め、様々な雇用の創出や、レストランマノワでの更なるお客様の満足感の向上に向けて努力して参りたいと思います。

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11年の間に、リピートしてくださる素敵なお客様も増え、月日と共にお店の成長を感じる今日この頃です。

スタッフの成長は当たり前のことですが、、、、、

僕は、良いお店の雰囲気をつくる一番の要素は、主役であるお客様であると思っております。

素敵なお客様に囲まれて毎日充実した日々を送れていることに感謝しております。


11周年の当日は、特に告知していなかったのにもかかわらず、たくさんのお祝いのお品や、お言葉を、たくさんの方々から頂戴致しました。

このブログを読んで下さる、全ての方々、また、スマホや、このブログを見てない、ずーと昔から、僕を子供のように育てて下さった、僕にとっては、東京のお母さん達、お父さん達、、、、!

本当にありがとうございます!

そして、これからも末永くよろしくお願い申し上げます。


改めて、数え切れない数々の方々に支えられて、今日を生きていると本当に思います!

改めて感謝申し上げます!





最近では、自分より若い世代がほとんどで、面接をする時、、、、

【何故飲食業を目指したんですか?】

って言う質問を多々される事があるので、その辺も含めて、たまには真面目に過去の自分の投稿を引用してブログを書きます!

山梨県にお住まいの方は、ご存知の方もいらっしゃると思いますが、僕は男ばっかりの3兄弟の次男なのですが、幼少期山梨県の芦安村って言う、人口300人位の過疎地で高校生まで育ちました!

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登山をやられる方はご存知かもしれませんが、日本で富士山の次に標高の高い山北岳(3193m)があるのが、僕の実家のある芦安村なんです。また、当時父親はその北岳の山小屋(御池小屋)を経営しておりました。

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今はいろいろな街が合併して、山梨県南アルプス市芦安っていう場所になっております。

中学校まではその、芦安村の中にある、1学年7人しかいない環境で芦安保育園から芦安中学校迄の12年間を過ごし、、、

ちなみに中学校の全校生徒で、20人くらい、小学校の6学年でも30人くらいしかおらず、日本の中ではトップクラスの小さなコミュニティの中で生きておりました!

そんな、幼少期の頃から、芦安村に引っ越すまで、東京で服飾の世界で生きていて、世界規模で戦っていた両親は【大きな世界を見なさい】と常々僕ら3兄弟に言っておりました!

当時、そんな小さな世界で育った僕は、そんな両親の話には全く耳を傾けず、反抗期もあり、特に、父親とは、取っ組み合いの喧嘩って言うか、テレビを親父に投げて、次の日にはサハラ砂漠しか映らなくなったり、、、、

田舎では必需品の灯油ストーブを蹴ってボヤ騒ぎを起こしたり、400ccのバイクを改造しまくって、山々にこだまするくらい爆音で走り回ったりと、両親にとって決して良い息子では無かった様に思います。

僕は男ばっかの3兄弟の真ん中なのですが、兄貴はとっても優秀で、その次男の僕はとっても問題児だったと、今でこそ自覚しております(笑)

今もそのままなのですが(笑)とても胸を張って良い息子でした!って言える人生は歩んで無かった様に思います!

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僕が高校を卒業して、東京に出て行ったら、田舎の方々から芦安村が静かになったって言われたもんです(笑)

そんな田舎時代、母親が専業主婦だった事もあり、夕食は毎日母親の手料理で育って来ました。ただ、家族5人だけで、夕食を食べた事はほとんどなく、近所のおじさんや、おばちゃん達が必ず、一緒に夕食を食べるという、大家族のような毎日を過ごしておりました。

なので、うちの母親は毎日10人前くらいの夕食を用意しておりました(笑)そんな、大人たちと一緒に食事をすると、子供ながらに、大人と一緒に会話をしたくなり、小さな頃からおしゃべりな、こんな僕の性格が出来上がった様に思います!

フランスに住んだり、アジアのいろいろな国行ったりと、今まで世界中いろいろな場所に行きましたが、例え言語が通じなくても何とか生きていける気がするのも、こーいった家庭環境があったからだと思います!

しかも、今まで、誰と喋っても緊張したことが無いのも、こーんな幼少期があったからだと思います!

飲食の世界に入った事も、自然の流れなのか?、、、、

父親が非常に食にはうるさく、田舎なので家の裏には大きな畑があり、自給自足とまでは行きませんが、家族で食べる野菜なんかは大抵育てていたように思います!

子供時代、ほぼ100%母親の手料理だったので、高校生になって、バイクの免許をとって、自分でバイトして、1番初めに食べたかったのは、毎日CMで流れていた、当時390円だった、ガストの目玉焼きハンバーグでした(笑)

そのくらい、化学調味料とかには無縁な食生活を高校生まで過ごしておりました。これが、いかに贅沢な事だったか、今では本当に感謝しておりますが、当時は周りの友達達の家庭が、ファミレスにいくのを羨ましく思っておりました。

そーんな、山の中に住んでいたもので、幼い頃は父親と共に、春には山菜獲り、夏には毛針を作ってイワナ釣り、秋にはキノコ狩り、冬には鹿などの狩猟っていう感じで自然と共に生きておりました!

今はこーして、東京のど真ん中で過ごしておりますが、僕の中のルーツはそんな芦安村にあるんだと思っております!

小さな頃、ご飯粒1粒残しても父親に怒られるような食生活を送っていた僕も、この、東京っていう、形あるものと、形ないものに溢れ、時間の流れの速さや物の価値観が全く違う環境で毎日を送っていて、大切な何かを忘れそうになることもありますが、これからも、自分を見失わないよう、日々努力して行きたいと強く思います!

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山梨県の人口300人位しかいない、芦安村で高校迄育ち、両親とはたくさん喧嘩して、田舎を出る時は、、、

【こんな田舎に二度と戻って来るかよ!】

って暴言吐いて、18歳の時に、憧れていた東京に出て来たのに、今では僕も人の親になり、両親のありがたみをとっても感じております。

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その後、辻調理師専門学校のフランス校行って、杉本都香咲先生はじめとする、今も続く様々な恩師と出会ったものの、、、、

 そのフランス校時代には、辻調理師専門学校の伝説を作る程のたくさん迷惑を先生方にかけて(笑)フランスで研修し、、、、

 渋々20歳に東京に戻って来て、、、、、

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代官山のラブレーの山田さんから、フランス料理のいろはを学びました。

その山田さんは今年突然星になり、僕自身もこれからの人生をしっかりと考えるべきだと強く思いました。

しばらくの間何も考えられない日々がありましたが、ラブレーの山田さんからの卒業生は数え切れない程おりますが、残された僕ら卒業生は山田さんから教えて頂いた多くの想いを後輩たちに引き継いで行きたいと、、、

山田学校卒業生の先輩方と朝まで一緒にお酒を飲んだ事を忘れずに、強く生きて行こうと思いました。


いつの間にやら、山梨県の田舎で過ごした時間より、東京で暮らしている時間の方が長くなりましたが、人って成長しても、幼少期に過ごした時間、親が僕に注いてくれたたくさんの愛情、恩師や大切な仲間たちと過ごした時間こそが、今の自分のベースになっていると最近よく思います。

そんな環境の中育ててくれた、両親には感謝しか無いと感じております。

東京で生活しているとその当たり前だと思っていた、両親からの、無償で、果てしなく注いで貰った幼少期の愛情って物がとっても大切で、、、、、、

そんな最も大切だと思う、無償の愛が、誰もが当たり前に貰っている物じゃ無い事を、最近の若者達と生活してよく思います。

僕も人の親となり、最近思うことは、僕の今の感受性を育ててくれた、あの芦安村で過ごした環境は、何にも変えられない大切な空間と時間だったんだと感じており、自分の息子にも同じ以上な事が出来るか?って毎日悩んだりします!

ミスチルも言ってましたが、愛情って言う型の無い物を伝えるのはいつも困難だと、、、、

でも僕はそれ以上に、それを感じる事の出来る感受性が育つ環境が、僕の幼少期に芦安村にあったと言う事が大切だったんだと思います。

そして、、、

東京でサービスの仕事をしていると、20歳の頃から、お店にご来店頂き、休みの日に様々な所に、連れていって下さる、常連様も非常に多く、、、、

山梨県の田舎から出て来た、僕を、息子の様に、育てて下さった、多くの、常連様!

その全ての環境に、言葉に出来ない程、感謝しております。

マノワ 12年目も、フランス料理、はじめた頃から変わらない、、、

【最高のお料理を最高のサービスで】

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の究極の目標を目指して、スタッフ一同、更に素晴らしいお店作りをして行きたいと思います。


新しい事に常にチャレンジし、新しい人との出会いが何よりの、自分の成長に繋がる事だと、心より思います!これからも、小さな男にならないよう、いろいろな事にチャレンジして行きたいと思います!

数え切れない、大切な方々の助けがあって、レストラン マノワは11周年を迎えることが出来ました。これからも、スタッフ一同、さらに良い空気感を求めて、良いレストランを作って行きたいと思います!

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今年の春に常連様とうちの息子や子供達を誘って、北海道の函館にシャルドネの苗木を植樹しました。

僕が常に言っている、、、

食は文化

になる様に、これからも次の世代を育てて生きたいと考えており、また常連様とは、これからも一緒に楽しく人生を過ごして行きたいと考えております。

ちなみに、桃栗三年柿八年には、続きがあります!地域などによって、さまざまなパターンがありますが、、、、

その一例としては、「梨の馬鹿目が十八年」「柚子は大馬鹿十八年」「林檎にこにこ二十五年」 「梅は酸い酸い十三年」など。

さらに、果物ではない表現が続くパターンもあるそうで、、、、、

「女房の不作は六十年」「亭主の不作はこれまた一生 」というものもあります。

人間が一人前になるまでを表しているそうで、女房は60年でやっと一人前になり、亭主は一生成長途中だなんて、なんとも考えさせられます。


武者小路実篤は、著書『武者小路実篤詩集』の中にある詩のなかで、、、、

「桃栗三年柿八年、達磨は九年で俺は一生」と表現しました。

僕も、マノワも、自分自身が実るには一生かかり、生涯修行だと思います。

先はとても長い道のりになるかもしれませんが、まずは種を撒き続ける事が大切なんだと思います。

全ては、、、、

マノワにかかわる全ての方々が、持続的に幸せが続く世界を作って生きたいと考えております。

まー大きな事言ってますが、本当は、僕は多くの常連様と一緒に歳を重ねて生きたいな?って単純に思っているだけなんです(笑)

12年目のマノワもよろしくお願い申し上げます。

「桃栗三年柿八年、達磨は九年で俺は一生」

僕は一生、僕なんだと思います。

終わり!
posted by マノワ at 21:12| 僕の生き方のお話し! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年08月30日

【重要】11月1日からコースの1部を価格変更致します。

 
テレビを点ければ値上げや円安のニュースが流れない日は無いと思うのですが、原材料やワイン、光熱費等の値上げ、また飲食業界の働き方改革の為、心苦しいのですが、、、

2ヶ月後の11月1日からコースの1部を価格変更させて頂きます

ランチ
 6,600円→7,500円
 12,000円→変更ございません

ディナー
 12,000円→13,000円
 18,000円→変更ございません







そもそも、何の為の、誰の為の働き方改革なんでしょう?

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"働き方改革"

最近明らかに飲食で働く若い人達、料理人やサービスが減っているのを感じます。また、僕ら業界のお店が、ここ数年たくさん閉店して行っている事実を他人事ではなく感じております。また、コロナの影響もあり、他の飲食業界に比べて、元々原価の高いフランス料理店は、更に閉店が続くと考えております。

僕がずっと働いているから、贔屓している訳では無いのですが、僕ら業界の方々は、純粋な気持ちで生きている人が多い様に思います。

「美味しい料理やワインで、多くの人を感動させたい、楽しい空間を過ごして貰いたい!」

そう思って、何年も修業をし、僕も11年前に経営者になりました。

しかし、その想いとは逆に、頑張れば頑張るほど、ブラックと呼ばれたり、また常に新しいものを求められ、ネット社会で評価にさらされるなど、様々なストレスが多く、疲弊していくレストラン経営者が多いのも事実です。何か根本的な変革をしていかないと、僕ら業界自体が絶滅危惧種になるのもそう遠くないと考えております。

僕たちの世界の未来ってどうなるんだろう?って、毎日考えます。

僕たちの世代が働き始めた20数年前は良くも悪くも、過労死なんて言葉も知らず、大きな話題にもならずの時代でした(笑)

労働時間は今は想像もつかないようなほどだったし、暴力も日常茶飯事だったし、休みも給料も今と比べるとすこぶる少なかったもんです。

それが良いとは思いませんが、僕自身は、それがあったから、今があるんだといつも思います。

ただ、同じ事をマノワのスタッフに望んでいるか?と言えば、、、、、、

全く望んでおりません。

良くブログにも書きますが、僕は貯金も無く、親が援助してくれる様な、恵まれた家庭環境でも無い状態で、この業界を24年間生きて来ましたが、20歳の頃、何の根拠も無く、、、、、、

「30歳で自分のお店を東京で持つ!」

ただ、それだけの目標に向かって突き進んで今があります。

その中で、僕は絶対に誰にも負けないって言う自信を誰よりも早く持っていた様に思います。

料理人ではないので、形ある仕事ではないので、伝えるのはいつも困難ですが、、、、ミスチルが言ってました(笑)

簡単に言うと、僕がフランス料理店の支配人をやったら、毎日満席になる自信が20代後半にはありました。

実際、僕が働いて来たお店は、僕がいた時代は常に満席でした。

ただ、東京でフランス料理店をオープンするには現実問題、他の飲食店と比べ、多くのスタッフ、高価な厨房設備や、何よりオシャレな内装費、、、、、、

たくさんの資金が必要です。僕は自分の未来の為に、働いたお金は全て、数少ない休みの日に行く、ワインと飲食代金で全て使って貯金なんて20代は出来ませんでした。

そこからは、多くの方々の支えとご協力のもと、11年前にこのレストランマノワをオープン出来ました。

独立後って言うか、雇われ時代も、僕の実力不足の元、多くのスタッフが辞めていきました。

その度に、雇われ時代は、僕の責任不足だと経営者に罵倒され、自分でマノワを開業しても、僕と共に、マノワに残ってくれた多くのスタッフに申し訳無い気持ちで毎日を過ごして今日に至ります。

その度に様々な事を考え、凹んでどうするべきか?真剣に悩んできました。

このブログを読んで頂いていらっしゃる、僕ら業界の方以外には理解し難いと思いますが、僕らの業界で良く起こる、バックレ、、、、

ようするに、ある日突然出勤しないスタッフが多いんです。そして、東京にいるはずなのに、急に電波の届かない場所に行くんです。

マノワは、全てのスタッフを正社員として雇用しております。もちろん、面接の際から、全てのスタッフに社会保険の話し始め、辞める際のお話しは全てお話ししておりますが、辞めて行くスタッフは、ある日突然いなくなります。

毎年繰り返されるこの自体に、毎回凹んで来ましたが、数年前から僕の考えがちょっとだけ変わりました。それは、、、、

今までは、若いスタッフを自分の手で育てて、未来のこの業界を背負って貰いたいと、、

しかし、それは僕のエゴであり、、烏滸がましかったって言うのが今の思いです。

もちろん、マノワに入社して来てくれた若者は、今までの様にしっかりと育てて行きますが、今まで以上に、仕事を続けている正直者がバカを見るレストランにはしちゃダメだと思います。

そもそも、僕ら業界がブラックだと言われる業界だから?ってのが一番大きいのかも知れませんが、常に罪悪感を抱えながら生きて行くのは、もう僕ら世代で辞めるべきだと思いました。

そもそものお話し、、、、

言葉は悪いですが、普通に働いて週休2日以上の休みで、その休みに心の贅沢を求めて、多くのお客様がフランス料理を食べに来ます。そのお客様を接客する僕ら業界の人間は、休みも無ければ、低賃金で働いて来ました。

僕ら世代はそれが修行だと思い、たくさんの事を犠牲にして、未来目指して、今がありますが、今の若者にはもう、修行なんて言う言葉は理解出来ないと思います。

海外から日本を見ると良く分かるのですが、先進国の中でレストランの価格が日本ほど、クオリティが高いのにリーズナブルな国は無いと思います。事実、だからこそ、多くの海外の方々が日本に来日される事も多くの理由だと思います。また、昨今の急激な円安の状況でコロナが落ち着いたら更にその現象は加速すると考えております。

しかしながら、そのお客様の、レストランに対する高揚感や満足感は、、、、

一重に僕ら業界で働く人間達が、多くを犠牲にして来たからに他なりません。

いつになったら、僕ら業界も、せめて普通の方々と同じ生活水準になれるのか?そんな未来を誰かが作ってくれるのか?ずっと期待して来ました。

しかしながら、44歳になった現在も、そんな未来はやって来ておりません。

今でも僕ら業界は普通の仕事に比べて、蔑んで見られたり、35年ローンの住宅ローンですら、普通の方々に比べて、6割から7割しか銀行から融資して貰えないのが現状です。

そんな現実を誰が知っていて、誰が教えてくれるんでしょう?

20代がむしゃらに働いて、30代になって、結婚して子供が出来ても、給与や休みは変わらず、休みの日は疲れ切って家に引き篭もり、世間の常識も知らず30代になって自分には何も残っておらず、家族や両親の為と言う言い訳の元田舎に帰ったり、お金を求めて別の仕事をする先輩達をたくさん見て来ました。

毎日僕ら業界には、ロマネコンティ飲んでいるお客様が多くいらっしゃっており、多くの方々と出会っているのに、そのチャンスをチャンスとも感じられず、フランス料理店で働いているのに、コンビニ弁当食べて、カップラーメン食べて過ごしている若者が多くいるのが現実です。

そもそも何の為に様々な事を犠牲にして、僕らはフランス料理店で働いているんでしたっけ?

若者達にしっかりと現実を教えて、お店が潰れない様、しっかりと経営して行く事が1番大切だと僕は考えております。

有り難い事にマノワには、長い時間僕と一緒に働いてくれているスタッフが多くいます。

彼ら彼女らに、僕が何が出来るのか?

そんなシンプルなもんです。

そこでコロナの時代に雇用を守るのはもちろんマノワは先ず、、、、

スタッフ全ての給与を最低3万円以上ベースアップしました。

でも、日本って言う国は矛盾が多すぎます。

日本政府は海外から観光客を受け入れようと政策をしますが、その中で受け皿となるサービス産業の人口は、少子化で激減していきます。

手仕事の僕達は、人海戦術で動かなければいけないので、、、、

「処理すべき仕事量=一人が処理できる仕事×人数×時間」という公式になります。

人口は減る一方、さらに時間を減らさないといけないというのが現状だと思います。そうなると、当然一人当たりの処理能力を上げる必要があると思います。

よく言われる効率化や生産性向上という点です。しかし、お客様により、気持ちの篭った料理を出したいっていう、純粋な気持ちの元、手仕事にこだわる僕らフランス料理業界には、とても難しい点がここにあります。

その解決策の一つとして、価格を上げて、経営自体の余裕をつくっていく事が、必要不可欠だと言う結論に至りました。

飲食業は他の業界に比べて圧倒的に余裕がないのです。そこをつくらなければ、労働環境を改善することは難しいです。

正直、今の制度の中でのカードはすべて出し切った感があります。

日本も海外諸国の様にこれから先飲食業界は大きく2つに分かれると考えております。

普通のレストランか?全く予約の取れない超高級店か?

今後AIロボットを投入して、人が働かない部分を作ったり、元々出来合いの冷凍商品を使うレストランが非常に増えて行くと思います。

日本のデフレが止まらないのは、消費者からの、厳しい目と、費用対効果を高過ぎるぐらいに求め、実際の運営費やコストは度外視して、簡単に言えば、、、

「商品相場を開発、製造側が決めれず、日本の消費者の相場感が先に来る」


税金のように法律でラーメン一杯が最低1,000円以上と決めれば、店側は味のクオリティを更に求めやすくなる。

今現在、海外でラーメンを食べると1,000〜2,000円以上は確実にします。

日本の場合、安くて美味しいが既に当たり前になっていると思いませんか?

日本以外の先進国なら、、、、

「美味いモノを食べたいなら、値段が高いのは当然」という思考があります。この段階で差があります。

先進国の日本以外の国の場合は、労働者や職人に対してリスペクトがあると、僕もフランスで働いていた経験上感じてましたが、日本の場合は、商品に対して、支払い額が低いわりに、店側に対しての要求が高過ぎる現状を、もう何年も前から、僕は感じております。

働き方改革が始まり、労働時間に制約があるのに、しかも、人材不足が加速する、今現在の日本は、消費者の要求が金額以上に高過ぎるって言う現状が、どうなのか?って思っているフランス料理店の仲間たちは少なくないと思いますし、少なくとも僕はそう考えております。

僕ら世代は、20歳の頃、週7日働いても、先輩にプロレス技かけられて肋骨にヒビ入っても、シェフにビンタされて鼓膜が破れても何も言えず、、、、、

それでも、自分の上の先輩達を全員蹴散らしてでも、、、、、

絶対自分で30歳には、自分で自分のお店を東京で持とうって考えてました。

たくさんの僕の周りの方々に多くのご迷惑をおかけしましたが、だからこそ、今の僕があるのも現実です。

マノワの若いスタッフには、常に言ってますが、これから先の時代、僕らの様な未来は目指すべきでは無いと思います。

だって、死に物狂いで、週7日働いて来た僕らと、これから先当たり前に、週5日しか働かない者とが、30歳になる時にどう考え、どういうお店を経営しているのか?

同じレストランを目指さなくて良いし、むしろ同じレストランが出来る訳がありません。

だって僕らは週7日間ずっと働いて来たんですから!


良い意味で、今では想像つきませんが、全く違うレストランになると思います。

だから、今の若者達は僕らが夢見た30歳では無く、違う未来の成功者になって欲しいと願ってますし、マノワをバックレて行った多くのスタッフにもそう思いますし、そう願います。

短い人生で、自分と少しでも同じ時間と同じ未来を目指し、同じ釜の飯喰ったら(古いか?)どんな奴でも幸せな人生を過ごして貰いたいって思ったのが、最近の僕の考えです。

今迄以上に進化した、料理、サービスを目指しさらに従業員の働き方改革を考え、過剰に高すぎる価格設定のお店は別として、可能な限り全ての環境を含めた価格設定にするべきであると僕は考えました。

僕は常にスタッフには言ってますが、、、、、、、

【ご来店頂いたお客様に、もう1度マノワに来たい!】

って言う空気感を今以上に作って行きたいと思いますし、それが出来なきゃ、マノワは数年以内に無くなるっていう危機感を持っています。

先の話し、高い頂きの先を目指す、僕らフランス料理業界は、これから先も、人の力なくしては仕事ができ無いと思います。

そう考えると、僕がつまんない人間になるのは論外で、良いスタッフがお店の価値観を継続して作り上げていくのはの必然で、フランス料理店って言う名を背負って未来にもフランス料理業界が続く様に、、、、

【人を大切にする経営をしなければいけない】


【人を大切にする産業ににしなければいけない】

そして、少なくとも、、、、、

【今日もご来店くださる多くの常連様と共に生きて行きたい】

そう思うのです。

そして、僕ら世代が、出来るだけ良い形に正して、次の時代の人に受け渡したいと心から思います。

特に、サービス?ギャルソンを目指す若者がいなくなった今に、ギャルソンって言う仕事が好きだ!って胸を張って言える、そんな時代を作って行きたいと思いますし、作らなきゃいけないと、東京でギャルソンを24年やっている僕は思うのです!

この長文をお読み頂きありがとうございます。

何が1番大切ですか?

僕はやっぱり、だと思うんです!

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その全てを僕は超えて行こうと思います!

今後ともレストランマノワをよろしくお願い申し上げます。

終わり!
posted by マノワ at 18:57| 僕の生き方のお話し! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年03月26日

味の記憶のお話し!

【ワインの記憶】
たまにはソムリエらしいお話しを、、、!

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今マノワの前の明治通りは桜が咲き誇り、1年で最も日本人を感じる季節だと思います。
写真のソーテルヌはフランスを代表する貴腐ワインなのですが、この2001年のCru D’Arche-Pugeneauを僕は人生で初めて飲みました。

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20年以上東京で、フランス料理店のみのソムリエを続けており、様々なフランスワインを飲んできましたが、このソーテルヌは初めて飲みました。

何故なら友人にソーテルヌ好きな方がいて、フランスからご自身が持って帰って来て、昨日マノワに1本プレゼントしてくれたんです。

こう言うワインは🍷僕もスタッフももちろん飲みますが、残ったソーテルヌは、喜んでくださるであろう常連様に、桜のデザートと共にお出しさせて頂いております(もう無くなってしまいました)

今日のランチにお出しさせて頂いた、80歳のお誕生日を迎えた素敵な貴婦人はお帰りの際に、、、

【先程の貴腐ワインはその昔、とある男性に飲ませて頂いたあのワインの味だった。でもその男性はもう生きていないんだけどね!でもこの貴腐ワインを思いがけず飲ませて頂き、あの時の記憶が鮮明に浮かびました。中村さんありがとう!】

なんだかタイタニックの映画みたいなお話しですね?

これこそが味の記憶であり、僕が、食べることは文化だと言い続ける事の根源の様に感じ、自然と涙が出ました。

ウクライナとロシアの戦争より前から、僕らフランス料理業界はヨーロッパに憧れ、ワインや食材など多くを依存して生きて来ました。

小麦粉が17%上がりますって言うニュースは目にすれど、誰もシャンパーニュやソーテルヌの値段が上がっている事をニュースにしません。

そーですよね?テレビのCMは毎日の様に、からあげとハイボールとレモンサワーとカップ麺とコンビニのCMしか目にしない様な気がしております。

今回のロシアの問題で知ったプロパガンダって言う言葉!

食におけるプロパガンダって何?って毎日疑問に感じております。

このソーテルヌの2001年の時代、僕は未来のフランス料理業界に希望しか感じてませんでした。

その頃僕は、西麻布の有名店で働かせて頂いていたのですが、六本木ヒルズが建設されており、次の日に出勤すると新しい道やビルが建っており、2002年は日本でサッカーのワールドカップもあり、未来に期待しか無かった年です。

その当時僕が描いていた未来では無い今日この頃、唯一変わらない味覚って言う大切な価値観を改めて常連様に教えて貰った気がします。

ちなみに2001年生まれのスタッフがマノワにはおり、毎日朝から一緒に働いております(笑)

フランス料理店なので、マノワではフランスワインしかありませんが、、、、

フランスワインについての思い出を、お客様とお話しさせて頂く事が、なんて大切な事であり、魂を揺さぶるもんなんだろうって思った今日のランチでした。

ずーっと言ってますが、僕は日本でも食べる事は文化だと考えており、その全てを僕の息子の世代に体現して貰うことは無理だと思ってますが、せめて息子には、いつか彼女が出来てフランス料理店に行く事があったら、、、、

【今日はジュブレィシャンベルタンにしようか?シャンボールが良い?】

って言っていた2001年のカッコいいおっさん達みたいになって貰いたいって思うもんです(笑)

最近ではカッコ付けの若者がマノワで僕に、、、

【ハイボールは何がありますお兄さん?】

ってマノワでも聞くフレーズなりました(笑)その後の対応は皆様の想像通りだと思います。

明治通りの桜見ながら🌸今日も上を向いて歩いて帰ります。

MさんそしてソーテルヌをくれたIさん、いつもご来店頂きありがとうございます。
#マノワ #ソーテルヌ #2001年 #味の記憶 #食は文化であり楽しむ事が文化である
posted by マノワ at 00:17| 僕の生き方のお話し! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする