2019年11月15日

桃栗三年柿八年!そうなんです!マノワ8周年なんです!

桃栗三年柿八年


このことわざは、果樹を植えたら、食べられる実がなるまでに相応の歳月を待たねばならないことから、、、、

何事も成就するまでに、それ相応の年月がかかるということをあらわしています。

ほかにも努力することの大切さを表した、勤勉に働いた人は三年で一人前、少しだけ努力した人は八年で一人前、普通の人は九年で一人前、努力しない人は十八年かかっても一人前になれないという意味もあるそうです。

すぐに結果を求めたがる人に対して、まずは地道な努力が大切であると言い聞かせる場合などに使われます。

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ご報告が遅れてしまいましたが、、、、、

11月15日でレストランマノワは8周年を迎えました。
毎年恒例ですが、R子さんとN坂さんにお送り頂くマグナムのシャンパーニュで乾杯させて頂きました。

そーなんです!やっと柿が実る年月になりました。


8年の間に、リピートしてくださる素敵なお客様も増え、月日と共にお店の成長を感じる今日この頃です。

スタッフの成長は当たり前のことですが、、、、、
良いお店の雰囲気をつくる一番の要素は、主役であるお客様であると思っております。

素敵なお客様に囲まれて毎日充実した日々を送れていることに感謝しております。


8周年の当日は、特に告知していなかったのにもかかわらず、たくさんのお祝いのお品や、お言葉を、たくさんの方々から頂戴致しました。

このブログを読んで下さる、全ての方々、また、スマホや、このブログを見てない、ずーと昔から、僕を子供のように育てて下さった、僕にとっては、東京のお母さん達、お父さん達、、、、!

本当にありがとうございます!
そして、これからも末永くよろしくお願い申し上げます。


改めて、数え切れない数々の方々に支えられて、今日を生きていると本当に思います!

改めて感謝申し上げます!

最近では、自分より若い世代がほとんどで、面接をする時、、、、

【何故飲食業を目指したんですか?】

って言う質問を多々される事があるので、その辺も含めて、たまには真面目に、今日はブログを書きます!

山梨県にお住まいの方は、ご存知の方もいらっしゃると思いますが、僕は男ばっかりの3兄弟の次男なのですが、幼少期山梨県の芦安村って言う、人口300人に満たない、過疎地で高校生まで育ちました!登山をやられる方はご存知かもしれませんが、日本で富士山の次に標高の高い山北岳があるのが、僕の実家のある芦安村なんです。また、当時父親はその北岳の山小屋を経営しておりました。
今はいろいろな街が合併して、山梨県南アルプス市芦安っていう場所になっております。

中学校まではその、芦安村の中にあるのですが、1学年7人という環境で、中学校の全校生徒で、20人くらい、小学校の6学年でも30人くらいしかおらず、日本の中ではトップクラスの小さなコミュニティの中で生きておりました!

そんな、幼少期の頃から、僕の両親はもっと【大きな世界を見なさい】と常々僕ら3兄弟に言っておりました!

当時、そんな小さな世界で育った僕は、そんな両親の話には全く耳を傾けず、反抗期もあり、特に、父親とは、取っ組み合いの喧嘩って言うか、テレビを親父に投げて、次の日にはサハラ砂漠しか映らなくなったり、、、、

田舎では必需品の灯油ストーブを蹴ったり、400ccのバイクを改造しまくって、山々にこだまするくらい爆音で走り回ったりと、両親にとって決して良い息子では無かった様に思います。

僕は男ばっかの3兄弟の真ん中なのですが、兄貴はとっても優秀で、その次男の僕はとっても問題児だったと、今でこそ自覚しております(笑)

20歳の頃、僕はモナコに住んでいて、料理人をやっていたんですが、住ませていただモナコの家では、何故か?日本のNHKが映り、そのテレビで見た、【団子3兄弟】の歌の歌詞を使うと、、、、

【自分が一番次男】だったので、、、、、、

今もそのままなのですが(笑)とても胸を張って良い息子でした!って言える人生は歩んで無かった様に思います!

僕が高校を卒業して、東京に出て行ったら、田舎の方々から芦安村が静かになったって言われたもんです(笑)

そんな田舎時代、母親が専業主婦だった事もあり、夕食は毎日母親の手料理で育って来ました。ただ、家族5人だけで、夕食を食べた事はほとんどなく、近所のおじさんや、おばちゃん達が必ず、一緒に夕食を食べるという、大家族のような毎日を過ごしておりました。

なので、うちの母親は毎日10人前くらいの夕食を用意しておりました(笑)そんな、大人たちと一緒に食事をすると、子供ながらに、大人と一緒に会話をしたくなり、小さな頃からおしゃべりな、こんな僕の性格が出来上がった様に思います!

フランスに住んだり、アジアのいろいろな国行ったりと、今まで世界中いろいろな場所に行きましたが、例え言語が通じなくても何とか生きていける気がするのも、こーいった家庭環境があったからだと思います!しかも、今まで、誰と喋っても緊張したことが無いのも、こーんな幼少期があったからだと思います!

飲食の世界に入った事も、自然の流れなのか?、、、、

父親が非常に食にはうるさく、田舎なので家の裏には大きな畑があり、自給自足とまでは行きませんが、家族で食べる野菜なんかは大抵育てていたように思います!

子供時代、ほぼ100%母親の手料理だったので、高校生になって、バイクの免許をとって、自分でバイトして、1番初めに食べたかったのは、毎日CMで流れている、当時390円だった、ガストの目玉焼きハンバーグでした(笑)

そのくらい、化学調味料とかには無縁な食生活を高校生まで過ごしておりました。これが、いかに贅沢な事だったか、今では本当に感謝しておりますが、当時は周りの友達達の家庭が、ファミレスにいくのを羨ましく思っておりました。

そーんな、山の中に住んでいたもので、幼い頃は父親と共に、春には山菜獲り、夏には毛針を作ってイワナ釣り、秋にはキノコ狩り、冬には鹿などの狩猟っていう感じで自然と共に生きておりました!

今はこーして、東京のど真ん中で過ごしておりますが、僕の中のルーツはそんな芦安村にあるんだと思っております!

小さな頃、ご飯粒1粒残しても父親に怒られるような食生活を送っていた僕も、この、東京っていう、形あるものと、形ないものに溢れ、時間の流れの速さや物の価値観が全く違う環境で毎日を送っていて、大切な何かを忘れそうになることもありますが、これからも、自分を見失わないよう、日々努力して行きたいと強く思います!

新しい事に常にチャレンジし、新しい人との出会いが何よりの、自分の成長に繋がる事だと、心より思います!これからも、小さな男にならないよう、いろいろな事にチャレンジして行きたいと思います!

数え切れない、大切な方々の助けがあって、レストラン マノワは8年を迎えることが出来ました。これからも、スタッフ一同、さらに良い空気感を求めて、良いレストランを作って行きたいと思います!

ちなみに、桃栗三年柿八年には、続きがあります!地域などによって、さまざまなパターンがありますが、、、、

その一例としては、「梨の馬鹿目が十八年」「柚子は大馬鹿十八年」「林檎にこにこ二十五年」 「梅は酸い酸い十三年」など。

さらに、果物ではない表現が続くパターンもあるそうで、、、、、

「女房の不作は六十年」「亭主の不作はこれまた一生 」というものもあります。

人間が一人前になるまでを表しているそうで、女房は60年でやっと一人前になり、亭主は一生成長途中だなんて、なんとも考えさせられます。


武者小路実篤は、著書『武者小路実篤詩集』の中にある詩のなかで、、、、

「桃栗三年柿八年、達磨は九年で俺は一生」と表現しました。

僕も、マノワも、自分自身が実るには一生かかり、生涯修行だと思います。

先はとても長い道のりになるかもしれませんが、まずは種を撒き続ける事が大切なんだと思います。

8年で柿が実る様に、マノワも今年からふるさと納税事業をはじめ、少しでも、1次産業の方々や、地方自治体に還元出来る様に行動して行きたいと思っております。

今現在、和歌山県はスタートしておりますが、山梨県、静岡県、千葉県そして北海道とも、ふるさと納税事業を始め様と動いております。

だから、毎週月曜日の定休日には、たいてい東京にいないんです(笑)

東京広尾で、レストラン マノワと言うフランス料理店を続けている意味を考え、これからも、僕らしく生きて行きたいと思います。

マノワは、美味しく楽しいフランス料理店の先を見据えて、マノワに関わる全ての方々の人生に彩りを与えられる様、未来に向けてこれからも進んで生きたいと考えております。

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これからも、末永くよろしくお願い申し上げます。

posted by マノワ at 22:11| お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする