2020年11月15日

桃栗三年柿八年、達磨は九年で俺は一生!マノワは今日、9周年を迎えました。

桃栗三年柿八年


このことわざは、果樹を植えたら、食べられる実がなるまでに相応の歳月を待たねばならないことから、、、、

何事も成就するまでに、それ相応の年月がかかるということをあらわしています。

ほかにも努力することの大切さを表した、勤勉に働いた人は三年で一人前、少しだけ努力した人は八年で一人前、普通の人は九年で一人前、努力しない人は十八年かかっても一人前になれないという意味もあるそうです。

すぐに結果を求めたがる人に対して、まずは地道な努力が大切であると言い聞かせる場合などに使われます。

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ご報告が遅れてしまいましたが、、、、、

11月15日でレストランマノワは9周年を迎えました。

毎年恒例ですが、R子さんとN坂さんにお送り頂くマグナムのシャンパーニュで乾杯させて頂きました。

そーなんです!やっと柿が実る年月になりました。


9年の間に、リピートしてくださる素敵なお客様も増え、月日と共にお店の成長を感じる今日この頃です。

2020年コロナ禍の大変な時代に、あえて、2店舗目のマノワラボを東京世田谷区に作り、、、、

16席しか無い東京広尾のレストランマノワには、現在11人のスタッフが働いております。

世界中の3つ星レストランですら、お客様の数とスタッフの数の比率はこうはなれないと思います。

スタッフの成長は当たり前のことですが、、、、、

僕は、良いお店の雰囲気をつくる一番の要素は、主役であるお客様であると思っております。

素敵なお客様に囲まれて毎日充実した日々を送れていることに感謝しております。


9周年の当日は、特に告知していなかったのにもかかわらず、たくさんのお祝いのお品や、お言葉を、たくさんの方々から頂戴致しました。

このブログを読んで下さる、全ての方々、また、スマホや、このブログを見てない、ずーと昔から、僕を子供のように育てて下さった、僕にとっては、東京のお母さん達、お父さん達、、、、!

本当にありがとうございます!

そして、これからも末永くよろしくお願い申し上げます。


改めて、数え切れない数々の方々に支えられて、今日を生きていると本当に思います!

改めて感謝申し上げます!

最近では、自分より若い世代がほとんどで、面接をする時、、、、

【何故飲食業を目指したんですか?】

って言う質問を多々される事があるので、その辺も含めて、たまには真面目に、今日はブログを書きます!

山梨県にお住まいの方は、ご存知の方もいらっしゃると思いますが、僕は男ばっかりの3兄弟の次男なのですが、幼少期山梨県の芦安村って言う、人口300人に満たない、過疎地で高校生まで育ちました!

登山をやられる方はご存知かもしれませんが、日本で富士山の次に標高の高い山北岳があるのが、僕の実家のある芦安村なんです。また、当時父親はその北岳の山小屋を経営しておりました。

今はいろいろな街が合併して、山梨県南アルプス市芦安っていう場所になっております。

中学校まではその、芦安村の中にあるのですが、1学年7人という環境で、中学校の全校生徒で、20人くらい、小学校の6学年でも30人くらいしかおらず、日本の中ではトップクラスの小さなコミュニティの中で生きておりました!

そんな、幼少期の頃から、僕の両親はもっと【大きな世界を見なさい】と常々僕ら3兄弟に言っておりました!

当時、そんな小さな世界で育った僕は、そんな両親の話には全く耳を傾けず、反抗期もあり、特に、父親とは、取っ組み合いの喧嘩って言うか、テレビを親父に投げて、次の日にはサハラ砂漠しか映らなくなったり、、、、

田舎では必需品の灯油ストーブを蹴ったり、400ccのバイクを改造しまくって、山々にこだまするくらい爆音で走り回ったりと、両親にとって決して良い息子では無かった様に思います。

僕は男ばっかの3兄弟の真ん中なのですが、兄貴はとっても優秀で、その次男の僕はとっても問題児だったと、今でこそ自覚しております(笑)

20歳の頃、僕はモナコに住んでいて、料理人をやっていたんですが、住ませていただモナコの家では、何故か?日本のNHKが映り、そのテレビで見た、【団子3兄弟】の歌の歌詞を使うと、、、、

【自分が一番次男】だったので、、、、、、

今もそのままなのですが(笑)とても胸を張って良い息子でした!って言える人生は歩んで無かった様に思います!

僕が高校を卒業して、東京に出て行ったら、田舎の方々から芦安村が静かになったって言われたもんです(笑)

そんな田舎時代、母親が専業主婦だった事もあり、夕食は毎日母親の手料理で育って来ました。ただ、家族5人だけで、夕食を食べた事はほとんどなく、近所のおじさんや、おばちゃん達が必ず、一緒に夕食を食べるという、大家族のような毎日を過ごしておりました。

なので、うちの母親は毎日10人前くらいの夕食を用意しておりました(笑)そんな、大人たちと一緒に食事をすると、子供ながらに、大人と一緒に会話をしたくなり、小さな頃からおしゃべりな、こんな僕の性格が出来上がった様に思います!

フランスに住んだり、アジアのいろいろな国行ったりと、今まで世界中いろいろな場所に行きましたが、例え言語が通じなくても何とか生きていける気がするのも、こーいった家庭環境があったからだと思います!

しかも、今まで、誰と喋っても緊張したことが無いのも、こーんな幼少期があったからだと思います!

飲食の世界に入った事も、自然の流れなのか?、、、、

父親が非常に食にはうるさく、田舎なので家の裏には大きな畑があり、自給自足とまでは行きませんが、家族で食べる野菜なんかは大抵育てていたように思います!

子供時代、ほぼ100%母親の手料理だったので、高校生になって、バイクの免許をとって、自分でバイトして、1番初めに食べたかったのは、毎日CMで流れている、当時390円だった、ガストの目玉焼きハンバーグでした(笑)

そのくらい、化学調味料とかには無縁な食生活を高校生まで過ごしておりました。これが、いかに贅沢な事だったか、今では本当に感謝しておりますが、当時は周りの友達達の家庭が、ファミレスにいくのを羨ましく思っておりました。

そーんな、山の中に住んでいたもので、幼い頃は父親と共に、春には山菜獲り、夏には毛針を作ってイワナ釣り、秋にはキノコ狩り、冬には鹿などの狩猟っていう感じで自然と共に生きておりました!

今はこーして、東京のど真ん中で過ごしておりますが、僕の中のルーツはそんな芦安村にあるんだと思っております!

小さな頃、ご飯粒1粒残しても父親に怒られるような食生活を送っていた僕も、この、東京っていう、形あるものと、形ないものに溢れ、時間の流れの速さや物の価値観が全く違う環境で毎日を送っていて、大切な何かを忘れそうになることもありますが、これからも、自分を見失わないよう、日々努力して行きたいと強く思います!

新しい事に常にチャレンジし、新しい人との出会いが何よりの、自分の成長に繋がる事だと、心より思います!これからも、小さな男にならないよう、いろいろな事にチャレンジして行きたいと思います!

数え切れない、大切な方々の助けがあって、レストラン マノワは9年を迎えることが出来ました。これからも、スタッフ一同、さらに良い空気感を求めて、良いレストランを作って行きたいと思います!

ちなみに、桃栗三年柿八年には、続きがあります!地域などによって、さまざまなパターンがありますが、、、、

その一例としては、「梨の馬鹿目が十八年」「柚子は大馬鹿十八年」「林檎にこにこ二十五年」 「梅は酸い酸い十三年」など。

さらに、果物ではない表現が続くパターンもあるそうで、、、、、

「女房の不作は六十年」「亭主の不作はこれまた一生 」というものもあります。

人間が一人前になるまでを表しているそうで、女房は60年でやっと一人前になり、亭主は一生成長途中だなんて、なんとも考えさせられます。


武者小路実篤は、著書『武者小路実篤詩集』の中にある詩のなかで、、、、

「桃栗三年柿八年、達磨は九年で俺は一生」と表現しました。

僕も、マノワも、自分自身が実るには一生かかり、生涯修行だと思います。

先はとても長い道のりになるかもしれませんが、まずは種を撒き続ける事が大切なんだと思います。

8年で柿が実る様に、マノワも昨年からふるさと納税事業をはじめ、少しでも、1次産業の方々や、地方自治体に還元出来る様に行動して参りました。

昨日は北海道の釧路新聞にも取り上げられて、、、、

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今マノワが出来る事を最大限に取り組んでおります。

僕は、マノワをオープンした時に、10年で必ず達成する目標を掲げておりました。それは、、、、

皆んなの幸せが持続化出来る環境をマノワから始める

という事。そう、捨てられているジビエを使って、、、、

@マノワがそのジビエを買い取る事によって、田舎のハンターの収益の向上

A@により、田舎の農作物被害の減少並びに、地元ハンターのやる気の向上

Bマノワのお客様には、ロース肉やフィレ肉等の部位を低価格で提供する事によって満足度の向上と、ジビエを食べるのであれば、マノワと思って頂く事のブランドイメージの向上

CB以外のジビエの部位を使い、テリーヌやソーセージ等の加工品を、マノワラボで制作し、レストランでの提供並びに、全国の自治体のふるさと納税の返礼品として、お客様にお届けする事で、地方自治体の年金や社会保障の一端を担い地方自治体の財源を支える

DCによって、地元ハンターの持続化的なやりがいを維持する


よくウィンウィンなんて言葉がありますが、マノワの取り組みは、余裕でウィンウィンの関係を超えていると僕は考えております。

口先だけのサスティナブルって言う言葉が、世の中では先行してますが、ジビエを使って、本当の意味でのサスティナブルの世界を作ろうと、口だけでは無く、僕は9年前から寝ないで取り組んで参りました。

2020年コロナの影響で、ずーっと寝ないで走り続けていた僕にも時間が出来、、、、

僕が僕であるために、何をすべきか?が真っ直ぐ見えた気がしております。

その答えを10年目に、全ての法律をクリアして、必ず、今と言う現実を超えて行きます。

何をするか?と言うと、、、、

今年のはじめに、常連様から、北海道の森町に約2400坪位の土地を譲り受けました。

この土地を使って、来年マノワでジビエの解体場を作り、10年前僕が描いていた、、、、

ジビエを使ったサスティナブルの世界を、北海道森町の皆様とマノワで作り上げます。

そんな事出来る、東京のフランス料理店は先にも後にもマノワしか無いと思います。

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https://manoir-restaurant.jp/gibire/

マノワのふるさと納税事業はこちらからお願い致します。


ちょっと話し変えますね?

つい先日、僕の両親に、iPhoneをプレゼントしたんです(笑)そーしたら、最近このブログだったり、僕のFacebookだったり、先日僕がふるさと納税の関係で出ていた、ニュースeveryだったり、ZIPだったり、スッキリの番組を良く見てるんです。

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そんな母親から、先日こんなLINEが届きました(笑)


見ました、豪志ならではの、生き方、あえて、出る釘になれ、と育てたものの嬉しさもあり、贅沢ですが、心配はいつも付きまといます。でも見守っています🌈

僕も人の親ですが、親っていつまでも親なんだと思い、また、そんな両親で良かったと改めて感じる今日この頃です!


東京広尾で、レストラン マノワと言うフランス料理店を続けている意味を考え、これからも、僕らしく生きて行きたいと思います。

マノワは、美味しく楽しいフランス料理店の先を見据えて、マノワに関わる全ての方々の人生に彩りを与えられる様、未来に向けてこれからも進んで生きたいと考えております。


今日からマノワは10年目に入ります。あの頃思い描いていた未来に立っているのか?と毎日、自問自答してますが、、、

来年には必ず結果を出し、僕は更に、その先の世界に入って行きたいと思います。

全ては、、、、

マノワにかかわる全ての方々が、持続化的に幸せが続く世界を作って生きたいと考えております。

まー大きな事言ってますが、本当は、僕は多くの常連様と一緒に歳を重ねて生きたいな?って単純に思っているだけなんです(笑)

10年目のマノワも、そしてこれからも末永くよろしくお願い申し上げます。

「桃栗三年柿八年、達磨は九年で俺は一生」

僕は一生、僕なんだと思います。

終わり!
posted by マノワ at 13:53| 僕の生き方のお話し! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする