2020年02月22日

今日からマノワのネットの商品(ワイン並びにジビエの商品全て)が3月2日迄の期間限定で、全商品が10%OFFになります。

今日からマノワのネットの商品(ワイン並びにジビエの商品全て)が3月2日迄の期間限定で、全商品が10%OFFになります。

かなりお得なクーポンになります、下記URLから、マノワのサイトにお入りいただき、ご購入の際に、

https://www.manoir-wine.com

19D04675-5E78-4BFF-81BD-76BD40C23308.jpg

クーポンコード:shop90thx

と打ち込んでください。

この機会に多くの方々に、素晴らしいシャンパーニュの魅力を知って頂きたいので、大人気の限定の2008年ドンペリニョンレニークラヴィッツや2008年ボランジェ グランダネ 、2008年ドゥラモットなど、どう考えてもお得すぎるセットも限定セット数にて復活させておきます。

もしご興味ございましたら、お使いくださいませ。

#マノワ #ジビエ #シャンパーニュ #ドンペリ #レニークラヴィッツxドンペリニヨン #ボランジェグランダネ #ドゥラモット
posted by マノワ at 20:10| お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月21日

2月24日、25日連休頂きます。そして、僕の人生を左右する位(笑)ゲームやアニメから学んだ事!

2月24日、25日連休頂きます。

今度の月曜日、火曜日連休頂きます。っで、ハンティングのシーズンが終わり、ゆっくり温泉にでも行きたいと思ってるんですが、僕の人生そんなにゆっくり出来ず、、、

初日は朝早くに鹿児島に飛びます。その後車で移動して、福岡県糸島市まで行って来ます。今回はスタッフの青木を連れて行きます。目的はそう、今までお世話になって来たハンターさんへの挨拶巡り、並びに、将来のマノワの道を造る為です。

武藤さんブログ見てたら、24日の夜福岡で飲みましょう(笑)

っで、これだけだとつまんないブログなので、以下全く関係無い、ちょっとヲタッキーなブログをたまには、、、、

いつも僕のブログを読んで頂いている世代には全く分からないと思いますが、、、、、

ちなみに僕こー見えて、ゲームもアニメも、漫画も、映画も寝る間を惜しんで楽しんでます(笑)そこに出て来るさりげないセリフや登場人物の行動にハッと考えさせられる事が良くあります。その中から、考えせられたシーンを、、、ほとんどの方々が興味無いと思いますので飛ばしてください(笑)僕の気持ちを代弁してくださる方の意見を少しお借りします!

さて、ここに「ファイナルファンタジーII」というゲームがあります。

「ファイナルファンタジー」(以下FF)というシリーズには、同じ国民的RPGである「ドラゴンクエスト」シリーズとは異なり、「シリーズタイトルごとにゲームの中核的なシステムがめっちゃ変わる」という特徴があります。(ここからはFFに興味無い方は飛ばしてください!)(最後に良い事書いてるんでそこまではスクロールしてください!)


例えば3にはジョブシステムと魔法使用回数があり、4ではいきなりジョブ固定、メンバー入れ替えありのMP制に戻りました。5でまたメンバー入れ替えほぼなしのジョブシステムが戻ってきたと思ったら、6ではジョブシステム自体が消滅し、ある程度自由にメンバー入れ替えができる上、魔石システムやら何やら山ほどの新機軸が入ってきました。


7ではマテリアとアビリティ、8ではジャンクション、9で一度SFC時代に戻してからの10でのスフィア盤やら、システムにせよ世界観にせよ、タイトルごとの変動がめちゃ大きいんですよ。このへん、根幹のシステムが一作ごとにはあまり大きく変動しない、いわば「足し算の続編」が多いドラクエのシリーズと対照的なところだと思います。


そんな流れを一つ決定付けたのが「II」だった、とは言っていいでしょう。「Wizardry」的な要素を多く取り入れ、RPGとしては比較的スタンダードに仕上げてきたように見える「I」に対し、「II」の様々な新機軸の質量は、当時のファミっ子たちの度肝を抜くほどのものでした。


レベル制の完全撤廃。戦闘での行動によって上がったり下がったりするステータス。熟練度システム。顔グラフィックがあるキャラクターたちに、しっかりと会話とドラマがあるストーリー。用語を記憶して他人に尋ねるシステム。


パーティアタックでHPを上げまくれば楽勝かと思いきや実はそれは完全にワナで、盾熟練度をしっかり上げて回避率を高めておかないと後半のダンジョンで詰みかねなかったり。


魔法のレベルもきちんと上げておかないといつまでも弱いままだったり。


フィールド上のどこでもセーブができる上に、徒歩で行ける範囲がすごく広く、やろうと思えば最序盤から中盤以降の街に行くことができたり。


キャプテンを倒してアイテムを稼ぐためにミンウをひたすら酷使したり。


ヒルダに誘惑されて「……ゴクッ……」となったと思ったらラミアクィーンだったり。


ミンウが命を賭して手に入れた究極魔法の威力が非常に微妙だったり。(リメイク版でちょっと救済されたが、それでも手間に手間を積み重ねないと結局最後まで微妙だった)


まあ早い話、「めっちゃ新機軸が多くて、当時はすげー物珍しかったし面白かった」という話なんです。

正味な話、「II」ってFFシリーズ全体で見ても一、二を争うくらいとがったシステムなんじゃないでしょうか? 成長システムなんてFFっていうよりは後のサガシリーズっぽいですし、アドベンチャーっぽい会話システムもありますし。シリーズの2作目でいきなりああも変化球をブチ込んでくるの、正直結構すごいと思うんですよ。


「I」が普通に面白い出来だっただけに、あそこまで根本的に変えてくるというのは相当冒険だったんじゃないかと思うのですが、根本的な変化を恐れないのが当時のスクウェアであり、FFというシリーズだった、ということでもあるのでしょう。


●とてつもなく重かった「シドの死」


さて。


ちょっと話は変わるのですが、RPGにおける「キャラクターの死」というものについて考えてみます。


ゲームでも漫画でも小説でも、味方であれ敵であれ、「キャラクターの死」というのは非常に大きな出来事です。キャラクターの死は、登場キャラクターにも読者にも大きな衝撃をもたらして、時には悲しみを、時には憤りを、時には感動を受け手に提供します。物騒な話ではありますが、キャラクターの死というものをどう扱うか、というのは、創作者の一つの腕の見せ所でもあります。


で、さすがにもう「FFII」のネタバレをそこまで気にする必要もなかろうと思うので言ってしまいますと、「II」って本当に重要なキャラクターがめっちゃ死ぬんですよ。スコットも、ヨーゼフも、フィン王もミンウも、リチャードも本当に死んじゃうし、死んだらもう一切ゲーム中に再登場しないんです。


なにせまだまだハードスペックも低ければ容量も足りない時代ですから、各キャラがこの世を去るときのシーン自体は、現在のゲームとはくらべものにならないくらいあっさり味です。大抵のキャラは、ちょっと演出があった後、セリフでいうとほんの一言、二言のメッセージの後にあっさり退場。キャラクターのグラフィックがぱっと消えるか、あっさりと場面転換する。本当にそれだけ。


けれど、重かった。


その「死」というものは、シンプルであっさりしていただけに、むしろとてつもなく重かったんです。


「FFII」には、一人、後のFFシリーズの代表的なキャラとなる人物が初めて登場します。


その人物の名前は、「シド」。そう、後々歴代FFに重要キャラとして登場し続けることになる、ある意味FFシリーズの顔であるシドの、初登場作品がこのゲームだったんです。飛空船を使って輸送屋のような商売をしているシドは、この作品では白髪のシブいおじさんという風体でして、中盤まで主人公のフリオニール一行は、彼と、彼が人生を賭けて開発した飛空船に何度も助けられることになります。


しかし、彼も、物語中のあるタイミングで皇帝が作り上げた「たつまき」に巻き込まれ、落命することになります。この時彼が最後に残したセリフが、重い。本当に重い。


「おれは こんなざまだが ひくうせんはむきずだ! おれが うごけるようになるまで おまえたちにかしてやる。いいか かすだけだぞ!! だいじにつかえ……」


「貸すだけ」。「やる」でもなく「託す」でもなく、「貸す」だけ、というのをわざわざ強調してるんです。


彼、このセリフの時点で既に虫の息で、この直後に息を引き取るわけなんですよ。つまり、貸してもらった飛空船を返すことなんて永遠にできないんです。プレイヤーたちは、文字通りシドの人生全てが詰まった飛空船を「貸し与えられて」皇帝との決戦に挑むわけなんです。


もうね、たつまき後の重苦しい雰囲気でこんなセリフ読まされて、泣くしかありませんでしたよ当時。


ほんの一言のメッセージ。そしてこの後、フリオニールの「しっかりしろ!」という言葉を受けながら、ただただ画面上から消えるだけ。


こんなにもあっさりとした死なのに、プレイヤーの肩には、たった一言だけでシドのこれまでの人生全てが圧し掛かってくるんです。重すぎる。こんなもんもう、何がなんでも皇帝倒さないわけにいかないやんけ。


僕の中では、このほんの一言が、「FFII」というゲームの「最大の存在感があるセリフ」なんです。


このゲーム、単に街の通行人のセリフでも「みんなしんじゃったー」とか言われますからね。なんだそのあっさり感、そしてあっさり感の裏のとてつもない重さは。


「FFII」って、FFシリーズでも数少ない「ガチの国家間戦争」がメインテーマになっているタイトルなんですよね。演出的には単なるスペック不足によるものかもしれないんですが、人一人が本当にあっさりと死んで、けれどその裏にはちゃんとその人の人生があって、戦争の中ではあっさりと通り過ぎるだけの死であっても、それは決して軽く扱えるものじゃないんだ、と。

そこには、今の現代の世界情勢と比べてしまう僕がいます!


●ハードのスペックが低かったからこその「死の重さ」


ぼくは、「レイズやザオリクがある世界で、キャラクターの死に説得力を出すためにはどうするのか」っていう方法論が幾つかあると思っていまして。


つまり、「キャラクターの死」についてうっかりした描写をしてしまうと、「そこで何でベホマやザオリク使わないの……?」とプレイヤーに思われてしまって、せっかくの「キャラクターの死」という荘厳で重要なシーンの衝撃が薄れてしまう。そこをどうフォローするべきなのか、という話ですよね。


これ、方法論としては多分幾つかパターンがあると思っていまして、キャラクターの死亡って即ネタバレになるんであんまり細かいこと書きにくいんですが、


【設定で対処する方法】


「復活魔法は単に戦闘不能状態を治すだけ」とか、「老衰や、重すぎる負傷による死は復活魔法では助けられない」みたいな設定を、暗黙に、あるいは明文的に仕込んでおいて、プレイヤーに納得させるパターンですね。ネタバレ防止の為に細かいことは避けますが、FF5なんかこのパターンだったと思います。


【演出で対処する方法】


例えばそもそも崖から転落してしまったために復活魔法を使いようがなかったとか、すぐに(物語上)死体が消失してしまったとか。そういう、「そもそも使いようがない」という形でプレイヤーを納得させるパターンです。たまたま回復魔法を使えるキャラがその場にいなかった、主人公たちがいない場面で死んでしまった、みたいなパターンもありました。


【勢いで流す方法】


多少の突っ込みの余地は甘受して、例えばキャラクターの死があってから長い演出があったり熱いセリフ展開があったりして、「あれここで回復魔法使わないのん……?」みたいな疑問を無理やり感動で押し流して上書きするパターン。正直割と多いような気がしています。


とまあこの辺が代表的なパターンだと思うんです。


ただ、考えてみるとこういう方法論の必要性って、「ハードのスペックが上がって、キャラクターがリアルに動くなるように従って必要になってきた」対処法であるような気がしているんですよね。なまじ見た目がリアルで生き生きとしているだけに、どうしても細かい点が気になる部分も出てきてしまう。だからつじつま合わせの必要が発生する。ゲームの進化に伴って、必然的に必要になってきてしまったつじつま合わせなんです。


そういう意味では、「FFII」における「キャラクターの死」の強烈な説得力は、ハードのスペックが低く、キャラクターの死があっさり味で、問答無用で場面から退場してしまうからこそ発生していた、ある意味奇跡的な説得力なんじゃないか、と。


この「あっさり感による説得力」は、ある点では「Wizardry」におけるキャラクターの消失(ロスト)とも通じています。2回の復活失敗に伴い表示される、「〇〇はまいそうされます」という、ほんの一行。ただの一行。それだけで、自分が数十時間、数百時間をつぎ込んできたキャラクターが永遠にゲームからいなくなる。


すばらしい演出、十分な情報量でしっかりとした物語を描けるようになった。けれど、それができるようになるまでは、あっさりとした描写をするほかなくって、逆にそのために生まれた説得力もあった。


別に「あの環境に戻りたい」なんてことはこれっぽっちも考えていないんですが、そういうことを時には振り返ってみるのも何かしら意味があるんじゃないかなー、と。


そんな風に考えているわけなんです。

何故?こんなブログを書いたのか?それは、僕ら世代の経営者(40代)が、従業員(20代)の気持ちや考え方が理解出来ない事が多いんです。僕の歳になると、従業員の親が僕より年下なーんて言うスタッフも出て来る訳なんです(マジの話です)

先日スタッフに、、、、、

【モチベーションが上がらないのと、フランス料理業界に向いて無いと思ったんで、辞めさせてください!】

っと、20歳の辻調のフランス校から帰って来たスタッフに言われ、いろいろ考えちゃった訳です!人間とは会話しなくても、毎日ゲームと漫画は欠かさ無いんです。

まー昨日、真樹が、JTのCMみたいなブログを書いたので、少し昔を思い出して見ました。見てない方には是非見て貰いたいので貼っておきます(笑)

https://www.jti.co.jp/corporate/tvcm/kigyou54-60.html
どちらかと言えばーー♫嫌いなやつーー♪本当ならば、仲良くならないーーー♫♪

 なーのに!なーーのに!なーのに!なーーのに♫♪♫

そーなんですよね?真樹も歳をサバ読んでいた、こーへーも、去年新卒でマノワ入社し、1年しっかりマノワで働き、新しい4月を迎えます!

僕ら業界で1番大切な事は、才能では無くて、、、、

理不尽で不条理な事がたくさんの世の中で、辞めない事、信じられる仲間を作る事、自分を諦めない事、だと思うんです。

それが1番大事♫♪(そんな歌ありましたよね?)

そんな時に自分の近くにいる同世代との関係って、一生続くんだと思うんです!

僕もブルギ◯オン時代に一緒に働いた同世代とその後も切磋琢磨し、今でも何でも言い合える関係になった事が、後々1番大事でかけがえの無い大切な事だと気付かされております。

僕もそうですが、そのフランス料理って言う仕事を選んだのは自分であり、親に多額のお金をお支払いして貰い、フランス校まで行って、フランスに1年住んでフランスの文化に触れて帰って来て20歳!

アイドルじゃ無いんだから、モチベーションの話しは置いて置いて、その仕事に、向いてる?向いて無い?なーんて言う理由でこの世界から消えて行くのはどーなのか?って、ファミコン世代の僕は思っちゃうんです。でも、そんな彼の気持ちは止めはしません。

だって、若ければ若い方が未来の可能性は無限に開いていると思うからです。ただ、今日は書きませんが、本質はそこでは無い事を僕は良く知っています。

「FFII」の時に学んだ、辞めてしまったら、もうこの業界で一線で戻る事は難しい、、、、、

ゼルダの様に何度死んでも諦めない心!
を僕は多くのゲームやアニメから学んだ様に思います。

下を向くなよ
瞳が曇れば魂が陰る。
それは未来を閉ざし、生きる意味を見失うという事だ。
己の正しきに従う時、下を向いて行う者にどれほどの事ができる。
顔を上げ、前を向き、手を伸ばせ。
私は一緒に過ごした者たちのことを、つまらぬ敵とは思いたくないのでな。

 子供の頃って、男も女も無く、本音で接しられていた瞬間が誰にもあると3歳の息子を見てて思うんです!

 リゼロの名言から

1B4CABE0-E4CD-4A61-9ABA-E3A35ED9726B.jpg


好きな事をしている時の笑顔って誰にもあったはずです!

790EE13F-1C0F-4C27-83BD-BA90DFFC9481.jpg


でもいつからか?みんな大人になるんでしょうね?でも僕はこれからもあの時の気持ちを忘れない大人になりたいと日々思うんです!

最近では、鬼滅の刃を課題図書として読まないといけない!と思っております(笑)誰か全19巻貸してください!

終わり!

posted by マノワ at 00:44| 僕の生き方のお話し! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月20日

【長編?語り?】同期のお話

こんにちは❗
アサヒナです。

去年入社コンビの僕たち二人は一年が経ちました!
20200218180704185.jpg
一年が経ったといったのですが、入社自体はこーへいさんの方が1ヶ月早く2月10日に入社しており、僕は3月15日入社なので、まだ僕は一年経っておりません(笑)

なので、こーへいさんの一年記念ということで先日、銀座にあるお寿司屋「はっこく」さんにお邪魔させて頂きました!
20200218181637966.jpg
20200218183621804.jpg
20200218181706611.jpg
20200218181718592.jpg
20200218181732440.jpg
素晴らしいお寿司をご提供くださいましてとても幸せなひとときでした✨
ご馳走様でした😋


で、あまり触れてはこなかったのですが僕は今21歳でこーへいさんは3月13日で22歳になる年齢でいうは一つ上の先輩です。
年齢がひとつ上というところや僕はサービスでこーへいさんはキッチンということもあり入社して3カ月する位まではほとんどと言っていいほど喋ることはありませんでした(笑)
20200218183000601.jpg
去年の夏休みは大阪へくいだおれの旅へ行ったりと、正直な話、入社当初はここまで仲良くなるとはお互い思ってませんでした(笑)
この大阪旅行の時に「回ってない寿司屋に行ってみたい!」と二人で話してました。

で、何故今回、寿司「はっこく」さんに来たかというと、、、
20200218183700992.jpg
僕の隣にいる坊主頭の彼がここで働いているからです😄
僕がまだ専門学生時代に彼が働いている「はっこく」さんで人が足りないときに僕もヘルプで何度か働かせて頂いたことがあります。そして彼は今から8年前に僕と同じ中学校に行って同じ部活に所属していた同級生です✨

僕らがいた中学校はごく普通の公立中学だったのですが、今となっては7人も料理の道へ進み、今もしっかりと同じ職場で頑張っています。
いままで、想像もしてなかったことが人と人の繋がりで起こるのがこの業界であると
この一年を通して強く感じました。

で、今回のブログは一年経つということでなかなか攻めた内容でお送りします(笑)

あまり良いことでなく、むしろマイナスなことなのでこのブログには書いてきませんでしたが、
僕らが去年の春に入社してから片手では数え切れない程の方はマノワに入ってはいなくなりました。
もちろんこのブログをよく読んでくださる方はお気付きになられた方も少なくないと思いますが、、、
最初は今残っている僕とこーへいさんを含めて5人が同期入社でした💦

中村さんもよくブログに書いておりますが、そんなレストランは東京でマノワだけだと思います。
入社当初の僕でさえこんなに同期に恵まれた環境はないと思いました。
そして、同時にスタッフの入れ替えの時期でもあったので、「これからのマノワはお前らでつくっていくんだぞ」と中村さんがおっしゃってました。

しかし、今となってはその去年の新入社員の同期は僕とこーへいさんの二人だけになってしまいました。

少しの間かもしれませんが、苦楽を共にしていようとも去年いなくなった人達はオーナーである中村さんはおろか、僕ら同期になんの報告もなく、神隠しのように忽然といなくなります。
しかし、同期ってそんな簡単なものですかね?
一人暮らしを始めて、家族や彼女よりも一緒にいる時間が一年の中で一番長くいるのにも関わらず、辛いときに何も言わずに急にいなくなる。正直残された側の人のことなんて考えることもしないのでしょうが、、、僕らももちろん「悲しい」と思う反面怒りすら覚えます❗

正直、振り返りたくもないお話ですが、去年人がいなくなる度に書きたかったことを今回書かせて頂きました。


今年は人との繋がりを大切にしながら沢山のことにチャレンジし結果を残せる年にしたいです♪

そんなこんなで少し長め(?)であまり僕らしくないブログを、、、
20200219165418194.jpg

ジムトレーニング終わりにビールを呑みながら書いてました。(ジムトレーナーの方が見てたら大変だなー😅)
また僕が通っているジムについても今度詳しく書かせて頂きます!


P,S このブログを読んでくれてるであろうこーへいさんへ、
3月楽しみにしてます(笑)








〈終わり〉
posted by マノワ at 16:57| 朝日向真樹のブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月19日

宮城県大島より、K松さん現る!そして、シェフが誕生日でした!

先日たくさんの栗蟹を頂いた、宮城県大島のK松さんが東京にいらっしゃったので、、、、

CF0FF963-685A-48F1-BB91-FD9E4AD75CDE.jpg

いつもたくさんのお心遣い頂きありがとうございます。今年は週休2日になりますので、いきなりお伺い致します(笑)

DE482F0F-487D-4D76-8B06-F347B6BD0C8A.jpg

B5D9B54A-9CBB-45B2-BAE8-E952BC212D1F.jpg


例の栗蟹は、根セロリのムースとスペイン産の黒トリュフと合わせてお客様にお出しさせて頂いたり、、、

6C8C511C-A1AB-4971-BF43-D6B4AD987BE3.jpg

僕らはまかないで贅沢にたっぷりフランにしてたらふく頂きました。

C9712D4A-915C-42E9-8C1E-B0B9A2AFF20D.jpg

そして、たまたまシェフが誕生日だったので一緒にお祝いしました!抱負は、、、、、

7BA11F8C-F65E-4916-BCCE-0C9E3E4B0712.jpg

EBCD2CCC-C4FE-4F4F-940D-6198B8DAE99B.jpg

 1つ星を取る⭐️

と言う事なので、今よりも頑張って貰いましょう!

 最近常連様にも良くおっしゃって頂いておりますが、手前味噌ですが、レストランマノワって、良いお店になったなぁと思う事が多々あります。

 去年シェフが交代しスタッフも入れ替わり、たくさんの事を経験しました。その中で、マノワの方向性は1ミリもブレずに、更に良いレストランをスタッフみんなで、妥協無く目指して来ました。

 もちろん方向性の違いから辞めて行ったスタッフもおりましたが、お店の核となるスタッフは更なる成長をし、去年の新人スタッフも辞めずに成長し、やっと最近フランス料理界で働いていく事のプライドや覚悟を持ち始めたのかなぁ?と感じております。

 料理人はもちろん、マノワではサービスもサービス希望で入っておりますので、嫌々サービスやらされているレストランとは全く違う次元の、フランス料理のサービスが出来ると思います。

16席しか無いフランス料理店に、料理人が5人サービス人が3人常にいます。更に4月には新人を1人迎えます。これがどれだけ贅沢な事か?はマノワにご来店頂けたらお分かりになると思います。

 食材はK松さんはじめ、全国のこだわり抜いた方々から最高の食材が届き、ワインはフランスワインのみ、発泡ワインは当然、シャンパーニュのみ!しかもこだわり抜いて、マノワでしか飲めない素晴らしい生産者のワインは自分で輸入する。

 そしてお客様に、たっぷりフランスワインをお飲み頂く(赤ワインなんて、1本のボトルから4〜5杯取りです)

 ワインのペアリングなら、3種で3000円、4種で4000円5種で5000円って、、、、1杯1000円でこのフランスワインを飲めるのであれば、飲んだもん勝ちだと思います。

 これからも、今迄以上に変わらぬ、こだわり持って更なる高みを目指して素晴らしいレストランを作って行こうと1人様々な思いを巡らせた、そんな2月18日でした!

18603858-31ED-4D5B-981D-39B73B72B50D.jpg

A8C9E9C6-28CE-464F-B714-3F7FF3CEECCB.jpg

 いろいろ考える事が多い時は決まって行く恵比寿のオシャレなバーにて、、
Hさんいつも素晴らしい熟成蒸留酒ありがとうございます。

終わり!
posted by マノワ at 13:20| お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月15日

毎年2月15日を迎え思う事!

昨日から、マノワに新しいスタッフが1人入りました!

神諭(じんさとし)実は先日北海道・函館にハンティングに行って来た時に函館でナンパして来ました(笑)人生で北海道から出た事が無いそうなので、とりあえず1ヶ月間は青木と共同生活です!中々壮絶な人生を歩んでます!

0B6A99B3-97E4-46A2-8374-EAAEFCE10165.jpg

 彼は、30歳なのですが、今迄料理経験は一切ありません。

 生きて来た人生の中で、立ち止まって、自分の人生を振り返り、30歳になって今自分が何をしたいか?自問自答したそうです。北海道の公務員で、世間一般に言う、安定した人生を生きて来ましたが、ひょんな事で、函館にハンティングに来ていた僕とたまたまオシャレハウスで出会い、住む場所も無いのに、そのままマノワで働いております(笑)

91F7FDBE-A75A-43B0-9FCA-AA3F0B10C393.jpg

 僕もマノワのスタッフも、皆さんも、まして同業者の方々は思うでしょう?

 99%無理だと!

 30歳からこの業界を始める事がどー言う事なのか?

 多分!本人が1番覚悟してるでしょう?とりあえずは1ヶ月だけマノワで働きます!

 でも、このブログお読み頂いている方々に聞きたいのですが、、、、

人生好きな仕事して生きてますか?

 そもそも、好きな仕事ってなんなんでしょう?好きな事ってなんなんでしょう?そして、好きな人って誰でしょう(笑)それを分かっていたとして、そんな生き方してますか?

 でも僕ら業界は純粋に分かり易い業界だと思います。

 料理が好きか?ワインが好きか?何より、人が好きか?
 だと41歳の僕は思うんです!

4965D83F-F064-4F99-A0D8-712DD5D9BACF.jpg

894CEF74-833E-4855-96F1-375C189F03C8.jpg

 数日前が、東京で働く初日だったので、、、、

 人生でドンペリ飲んだ事が無いと言うので、ドンペリで皆んなで乾杯!
 しかし、華が無いですね?男比率が高くなりました(笑)

C8C40F48-0B0F-479A-8E49-4C5654E4C804.jpg

ブログによく書く、ハンティングは、、、、、、

僕にとって9年目の猟期が、2月15日で終猟しました。

「9年もハンティングやっていると、もうベテランだろう?」

などと狩猟の事を知らない人から尋ねられたりしましたが、まだまだヒヨッコであることは自分が重々分かっています。

マノワの定休日は、月曜日で、基本的に休みの月曜日しか出猟できません。

それに対して、ハンティングを教えていただいている、ベテランハンターの方々は、キャリアが30〜40年以上ある上に、定年退職などで「さぁ、気兼ねなく山を駆け回るぞ!」と、毎日のように出猟されている方々ばかりなのです。

僕の方が年齢的に体力はあると言えど経験値は低いし、差は開く一方と言えます。

それに毎日のように、狩猟犬と出猟されている、先輩ハンターの方々の方が体力もありそうだし・・・(笑)。

猟期の休みの日は、ほぼすべて出猟。

ゆっくりと休む暇もなく、平日は仕事をし、家の用事は片付けられないまま山積(妻には申し訳無く思っております。)

そのうち息子が大きくなったら、【おじちゃんまた来てね!】って言われる様になるんじゃないか?と思います(笑)

同じ年頃の人々が、ネオン煌びやかな夜の繁華街に繰り出して行くのを横目に、たまに光の浴びる山に行ったかと思えば汗と泥と血にまみれる生活。

一般の方から見ると不可解な事なのかもしれません。

しかし「それで幸せなの?」と聞かれれば、胸を張って、、、、、

「幸せです!」と答えます。

だって41歳になって、こんなに夢中になれることが、まだまだたくさんあって、世代を超えたたくさんの仲間達がいる事がかけがえの無い、贅沢の様に思います。

それにもう一つ「良かった」と思うことがあります。

先に述べたように、41歳で、9年経験しただけなんて、ハンターとしてヒヨッコです。

また、フランス料理の世界では、20歳に代官山のラブレーの、山田さんに拾って貰ってから、東京のフランス料理店のみの、サービスをやって来て、21年になります。

世間一般では「高齢者」と言われるような方々が、バリバリと現役で山を駆け回り、たくさんの知恵と経験を授けていただけます。

また、ラブレーの山田さん始め、フランス料理業界の先輩や、仲間達から、毎日刺激を貰っています。

そして、20歳の頃から、フランス料理店にお越し頂いている、お客様には、息子の様に可愛がって頂いている方も多くいらっしゃり、、、、、、

今ではもう飲めないワインや、フランス料理を、惜しげも無く20歳の頃から勉強させて頂きました。

「人間力」という言葉が自然と浮かんできます。

僕達が、社会生活を暮らす上で、触れ合う数人の「肩書き」というものなんかに頼り切って、威張り散らしている人たち。

この人たち、「肩書き」というものがなくなったらどうなるんだろう?

山を歩き、野生動物と対峙し、先達から教えを乞う。
そんな事をしていると生命体としての、自分の小ささや弱さを考えずにはいられません。

経営者になっても、気持ちは、「一兵卒として頑張ろう!」って思います。

毎年、新人が入って来る4月!また新しい4月を迎え、、、、、、

フランス料理の仕事やってて良かった!って感じる、今日この頃です。

最後に、、、、、

このブログを読んで頂いている、多くの新人達や専門学校生に、、、、

僕は、山梨県の田舎から、高校を卒業して、東京の国立にある、辻調理師専門学校に行き、その後、辻調理師専門学校のフランス校に行き、代官山のラブレーに就職し、フランス料理界に入りました。

マノワにも先日から中途採用の料理人が入り、4月には辻調理師専門学校の卒業生が更に入社致します。

今は、未来に向けて、夢いっぱい持って、やる気に満ちて、就職するはずです。

しかしながら、厳しいお話、あなた方が、思い描いている、世界はそんなに甘い世界ではありません。

ゴールデンウィークまでに、同じフランス料理業界に入った、半分以上の同期が辞めていきます。

もちろん、僕らだけの業界に限った事ではありませんが、現実のお話しです。

新しい環境に入って、生活も変わり、毎日、先輩に怒られ、帰ったら、寝るだけ!いつの日か、入社時に思い描いていた、夢や希望を、自分に都合の良い方向に解釈し、最終的には、違う世界に行く若者も少なくありません。

マノワでは、辞めたいって言うスタッフを止めはしません。若ければ、若いほど、無限の未来の可能性がありますし、大学を受けて、違う職業に就いた方が、未来で幸せになっているかも?しれません。

お世辞抜きにして、辻調理師専門学校の授業費はすこぶる高いです。僕は3人兄弟なのですが、公立の大学を卒業した、兄弟より、授業費は高かったと思います。

辻調理師専門学校に通っていた当初から、フランスには行きたかったので、八王子の方にある有名和食店の、3人部屋の寮に入り、昼間は学校、夜は和食店、休みの日も和食店で働き、辻調の学費を少しづつ両親に返還してました(全く足りませんが、、、)

その後行ったフランス校は、今振り返っても、天国の様な環境でしたが、東京に戻って来て入ったフランス料理業界では、何度も辞めようと思ったもんです。

ただ、僕の場合、フランス料理を目指す上で、高校時代から、自分で決めた目標がありました。

【30歳までに、自分の実力で、東京でフランス料理店を独立する】

と言う事でした。何のコネも無ければ、両親がお金持ちでも無く、ただ、この目標に向けて誰にも負けない自信だけしかありませんでした。

辞めたいって思うたびに、この目標と、辻調理師専門学校の学費を出してくれた両親の顔が常に思い浮かびました。

1人暮らしを始めて、冷蔵庫の中の食材は、誰かが買わないと入って無いんだな?って言う当たり前の事から、親への感謝の気持ちを感じるはずです。

僕は今だに、両親に辻調時代の学費を、ちょっとづつ、返還してますが、フランス料理の仕事をして、自分で稼いだお金で、辻調の学費を払う事が、いかに大変か、そのうち気がつくでしょう!

僕は、代官山のラブレーの山田さんに初めに言われた言葉があります。

【山本有三の路傍の石にもある様に、石の上にも3年だぞ!】と言う事!

先程もお話しましたが、1番初めに入ったお店で、少なくとも3年続かないと、この業界では続けて行けないと思います。まして、ゴールデンウィークまでも続かないのであれば、親に謝って、違う職業を探した方が良いと思います。

また、3年続いても、また、違う壁にぶつかります。その辺の話はまた今度話すとして、、、、

自分が入社時に思い描いていた、未来を忘れずに、常に人材不足のフランス料理業界を盛り上げて行って欲しいと思います。

東京には、田舎にいるより、若いうちには、とくに、多くの点が落ちています。ただ、その点に気付けるのは、自分自身の人間力次第だと思います。

新人の皆さんには、今、この時点がであり、この点はいつか大きな点に繋がると思います。

 先の話、料理が好きで、自分が選んでこの料理業界に入って来たんですよね?

 30歳から料理人を目指す人生もある中、皆さんの多くは20歳位でこの業界に入ります!その事がどれだけ恵まれているか?今は1%も分からないと思いますが、99%の後悔を持って長い人生生きるより、好きな事選んで働く人生を選んだ多くの若者達にたくさんの期待とエールを贈りたいと思います!

 っぁ!マノワでは料理経験0でも常にスタッフ募集しております(笑)

 全ては何事も本人のやる気だと思うんです(古いか?)

 好きな事して生きて行ける人生程恵まれた人生って無いんだと昭和生まれのおっさんは思うんです!

 終わり!
posted by マノワ at 00:10| 僕の生き方のお話し! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする